被相続人の死後、相続人の一人が、他の相続人に無断で遺産である預金を払い戻した場合、どのような対応をすべきでしょうか。
 遺言書がない場合、被相続人の死後、遺産分割が成立するまでの間は、遺産は原則として各相続人の共有となりますが、預金については被相続人の死亡と同時に法定相続分で当然に分割されるというのが裁判所の考え方です。
 したがって、被相続人の死後、相続人の一人が、他の相続人に無断で遺産である預金を払い戻したとしても、それが払い戻した相続人の法定相続分の範囲内である限り、違法な払い戻しということにはなりません。
 では、相続人の一人が預金をすべて払い戻した場合のように、法定相続分の範囲を超えて払い戻しをした相続人がいた場合はどうでしょうか。
 この場合には、超えた部分については他の相続人の権利を侵害したことになりますから、その部分については返還を請求できるのが当然ともいえます。
 しかし、遺産分割調停においてこれを主張しても、必ずしも取り上げてもらえないのが実際です。
 というのは、遺産分割調停の対象となるのはかつて遺産であって現在存在している財産に限られることになっていますが、払い戻された預金は現金となってしまい元が遺産であったのか、それとも払い戻した相続人がもともと持っていた現金であるのか、区別がつかないため、かつて遺産であったということができないためです。
 このようなケースはよく見かけますが、残念ながら遺産分割調停の限界といえます。
 そこでこの場合、その相続人に対して、不当利得返還請求や不法行為にもとづく損害賠償請求といった、別の訴訟を提起することになります。
 遺産分割調停とは異なり、これらの訴訟の管轄は地方裁判所となります。
 また、調停と訴訟はルールが異なり、主張を認めてもらうためには裁判官を説得できるだけの証拠を集め、それを論理的に、法律にしたがって説明するという困難さがあります。
 これらの対応を迫られるようなケースについては、相続問題に強い弁護士に相談し、対応を任せるのが良いでしょう。

この記事を書いた人

日下 貴弘

略歴
東京都出身。
早稲田実業高等部(商業科)卒業、早稲田大学法学部卒業、中央大学法学部法務研究科修了。
大学卒業後、大手都市銀行に就職。その後、都内弁護士事務所勤務を経て、 2020年、グリーンクローバー法律会計事務所を設立。
代表弁護士・代表税理士。
東京弁護士会所属(税務特別委員会、高齢者・障害者の権利に関する特別委員会)。
東京税理士会本郷支部所属。
日本税務会計学会法律部門学会員。